カウンター
脱力の境地

「今日はなんだか調子がいいねえ!
肩の力が抜けてて、いい感じだよ
剣がよく走っている!!」
…
師範の声が響く
悲嘆に暮れる俺だったが
居合の稽古に来ていた
居合がしたい、という思いではなく
ただ気を紛らわせたかったのだ
だが、皮肉なことに…
どうやら、絶望の底にある俺の剣は普段よりも良いらしい
きっと意思のせいだ
今の俺には、斬るとか斬ろうとかそんな気持ちが一切ない
何も考えたくないし、考えられない
だから、てきとうに刀を降って、斬れたら斬ろう、別に斬れなくてもいいや…程度の感覚でいる
しかしその結果として、俺の肩の力が抜け、動きが良くなっているらしい
これはあまり知られていないことだが、人間が最も速く動けるのは、脱力しているときである
いやより正確には、脱力状態から力を込めるとき
この瞬間が最も速い
力んでしまうと、かえってブレーキになってしまうのだ
だから、居合の達人とはこの脱力加減が非常にうまい
究極の脱力状態から放たれる一閃は目で捉えることさえ不可能だ
しかし、意識して脱力することは非常に難しく…
俺は今までできないままでいた
いたのだが…
「その力加減だよ!その調子なら四段も受かるよ!」
絶望した俺の剣は師範から褒められまくっている
俺は秋に四段の審査を受ける予定なのだが
居合は八段まであるため、四段といえば居合を半分くらい極めた状態になる
故に結構難しい段位なのだが…
悲嘆と絶望、無気力が
俺をブレイクスルーへと導いているのだ
つくづく、皮肉なものである
しかしそうやって、少し前向きな気持ちになると…
「今のはだめだ!昔に戻ってるよ!!もっと力を抜いて!」
絶望補正が消え、元に戻る
嗚呼
居合に神様がいるとすれば、そいつはかなりのへそ曲がりだろう
刀の反りどころではない
きっと三節棍くらいには屈折しているだろう
というわけで、俺は図らずも居合の真理にまた一歩近付いたのであった…
つづく
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